【第三の道】 闘争でも逃走でもない「第三の道」を非暴力のコミュニケーションで実現する ホルヘ・ルビオ(NVCトレーナー) x 由佐美加子
グローバル資本主義一辺倒でもなく、山にこもる自給自足生活でもない、「第三の道」を探る対談。今回は、NVC(非暴力コミュニケーション)認定講師でコロンビア人のホルヘ・ルビオ氏と、CCCパートナーの由佐美加子が語り合った。ホルヘ氏が「フグ」「共感的酸素」「ハートブロークン・サムライ」など、独特な言葉づかいで非暴力コミュニケーションを成立させるポイントを語れば、由佐は自らの体験を踏まえつつ、NVCは第三の道のあり方を提示していると説いた。会場も巻き込んで、対談は静かに熱く盛り上がった。
互いのニーズが満たされるまで話し合う
ホルヘ氏と由佐の対談の内容に入る前に、NVC(非暴力コミュニケーション)について簡単に説明しておこう。NVCはアメリカの心理学者、マーシャル・ローゼンバーグ博士が体系化したコミュニケーション方法で、相手とのつながりを持ち続けながら、互いのニーズが満たされることを目的として話し合いを続ける点に特徴がある。頭(思考)で判断・批判・分析・取引などをするかわりに、自分自身と相手の心の声に耳を傾け、現在の感情・ニーズを明確にしていく。そうすることで互いの誤解や偏見に基づかない、心からつながる共感を伴うコミュニケーションに主眼を置く。日常生活から社会問題、ビジネス、司法、民族間紛争に至るまで、世界中の幅広いジャンルで活用されている。NVC認定講師のホルヘ氏はコロンビア人で、コロンビアNVC財団の創設者であり、ディレクターを務めている。
「私の考えでは、NVCとは共感的知性にアクセスするもの。人々が夢見ている世界の実現に貢献するものです」と語り始めたホルヘ氏。だがNVCをうまく成立させるためには、仮にそれが一見、正義に見える主張であっても、一方の肩を持ってはいけないと説いた。「あなたが望むことだけをかなえたいと思っているなら、それは世界に新たな暴力を増やしていることになります」
「権利の主張を通じて、暴力を生みだす1人に」
自然を愛する権利、子どもを大切にする権利、男女平等を求める権利――。人は様々な権利を主張できるが、「あなた自身がもつ痛みや怒りに対処する術を持たなければ、そうした権利の主張を通じて、あなたは暴力を世界に生みだす1人になってしまうだろう」。報復的正義、報復的暴力というパラダイムを信じてしまうことで、人はそうなってしまうのだと、ホルヘ氏は警鐘を鳴らす。「そうしたパラダイムの中では、例えば『子どもを傷つけてしまうような大人は、人でなしだ』と考えるようになります」。そうなると、あなたは自分の周りにいる人から「あの人は難しい人だ」と見られるようになってしまう。「なぜなら、あなたが正しさを振りかざしている、と受け取られるからです」。そして、自分が同意できない人たちの人間性につながる能力が、欠けてしまうというのだ。「その結果、あなたは自分が同意できない人たちに影響を与える力を、失うことになります」(ホルヘ氏)
では同意できない人たちへの影響力を失わないためには、どのようなアプローチが必要なのだろうか。「ただ物事を変えようとするかわりに、物事に出会った自分の中に起こることに、敬意を払います。今この瞬間、自分の中に起こっていることを受け取る。私たちは怒りをマネジメントするワークをしておく必要があります。そして正しく嘆くことも必要です」とホルヘ氏は語った。
暴力的にならずに、状況に影響を与える
ホルヘ氏は、あるお店の中で父親が幼い娘に暴力をふるっている場面を例にとって、暴力的にならずに、その状況に影響を与えられるアプローチを説明していった。「もし店の中で小さい子どもを叩く大人を目撃したなら、あなたは子どもの味方になろうとするだろう。ですが父親を『この化け物め!』と罵ったなら、それは父親を攻撃する、新たな暴力を生みだすことになります」
「ホルヘ語」でNVCの理解を深める
ホルヘ氏は、「自身の“共感的酸素”の濃度が高い状態であるなら、全員のニーズを聞き出せます」と話した。ここで解説を加えると、「共感的酸素」はNVCの理解を深めるために、ホルヘ氏が造語した「ホルヘ語」とでも呼べるものだ。ホルヘ氏はNVCがうまく成立し、対立が暴力を生みださないようにするためには、人々が自分の中に持っている「命とも言いかえることもできる、全体性へと自然治癒する傾向」に気づき、それを活性化する必要があるという。全体性へと自然治癒する傾向が活性化すると、その人の共感的酸素濃度が高まる。高まった人が低い人(この例でいうと、娘を叩く父親)から共感的リスニングによって感情とニーズを聞き出せると、それによって共感的酸素が低い人へ供給され、その人の濃度が高まる。「あなたが世界に影響を及ぼせるかは、あなた自身の怒りと嘆きを乗りこなせるか否かにかかっています」と、ホルヘ氏は説く。
「私が共感的酸素濃度の高い状態でその状況にかかわるならば」とホルヘ氏は仮定し、まず父親と娘の両者のために嘆き悲しむだろうと語った。「彼女(娘)の身体的安全と尊厳がおびやかされたことを悲しみます」。だがこの例では、父親の方をより心配するべきだと、ホルヘ氏は話を続けた。「小さな女の子を傷つけることが、この世界で有益なことだと思い込んでいる父親の悲劇的な立場を、私は嘆き悲しみます」。ホルヘ氏はこの例で、父親が唯一成功しているのは、娘がより抵抗するように仕向けてしまったことだという。「父親の叩くという行為は、娘の抵抗のエンジンとなる痛みを、増してしまっただけなのです」
全体性へと自然治癒する傾向を活性化することが必要
次のポイントとなるのは、「いかに自分のメッセージを父と娘に伝えるか、そしていかに父と娘のメッセージを聴き取るか」だとホルヘ氏は語った。それらをうまくやり遂げるためには、それぞれの人が自分の中にもつ、全体性へと自然治癒する傾向の活性化が必要なのだと説いた。「全体性へと自然治癒する傾向は、皆さんがすでに持っている。だから本当は、私は皆さんに何も教える必要はありません」(ホルヘ氏)。全体性へと自然治癒する傾向を活性化するプロセスを、ホルヘ語では「フグ(河豚)」と呼ぶ。フグが膨らんで活性化すると共感的酸素が発生し、その人の酸素濃度が高まるというわけだ。そして、「自らの正直さと、共感的な傾聴を通じて、父親と娘に共感的酸素を供給します」(ホルヘ氏)。共感的酸素が供給されることで父親と娘の酸素濃度も高まり、NVCが可能になっていく。
続いて父親のメッセージを聴き取る際のキーワードとして、ホルヘ氏が挙げたのが、「暗号化」だ。「娘を叩く父親の心の中にも、全体性へと自然治癒する傾向はある」とホルヘ氏。だがそれを直接的に表現するかわりに、父親は娘に対して感じている「痛み」を、暗号化してしまう。「〇〇すべきではないと言ったり、罰を与えたり、羞恥心によって相手のモチベーションを高めようとしたりするのです」。父親が幼い娘を叩くというのも、暗号化された感情やニーズの表れなのだ。
暗号化された感情・ニーズの解読が求められる
ここで人々に求められるのは、暗号化された感情やニーズの解読だ。娘を叩くという行為に共感はできないが、いったい何が彼をその行為に至らしめたのかについては、比較的共感できるものだと、ホルヘ氏はいう。「父親の行為はほめられないが、だからといって父親が非人間的だと断じるのは間違い。彼のやっていることは悲劇的であるし、彼はこれまで、自分の感情やニーズを暗号化するように教わってきているはずだからです」
相手の感情やニーズを推測し、暗号を解読しようとするにあたり、「その推測がどれくらい正確かどうかは、それほど重要ではない」とホルヘ氏。重要なのは、「質問する人の奥底にある、誠実さを相手が受け取れるかどうかだ」と語った。質問者の誠実さを父親が信じたなら、初めて父親は「娘にはキャンディに触るなと、10回も注意していた。それなのに触っていたんだ」と、娘を叩くことに至った経緯を打ち明けてくれるだろうと、ホルヘ氏は説明した。
こうして父親のひどい行動の裏にあった、娘のことを心配する美しい心の動きに、質問者は到達することになる。「ここまでくれば、あなたは暗号化されていた父親の、本当の感情やニーズを娘に伝えることができる。そして、『あなたはもっと、父親に優しさをもって接してほしかったんだよね?』と、娘に聞くことができるようになります」(ホルヘ氏)
第三の道のビジョンに、NVCは貢献できる
ホルヘ氏は、世界にはこういった、「共感的酸素の供給」がもっと必要だといい、「NVCは由佐さんのもつ第三の道というビジョンに、貢献できるものだと思う」と語って、いったん話をしめくくった。
ここで来場者から、「共感的リスニングには無知と怠惰が必要だというお話があったが、もう少し詳しく聞かせてほしい」という質問があった。
「知っている」と思い込むと、死に始める関係性
ホルヘ氏は「ニーズと、それに付随する感情は、簡単には把握できない」といい、それらは変化し続けるもので、次の瞬間ですら予想できないものだと意識する必要があると説いた。壇上に上っていたホルヘ氏、由佐、通訳の安納献氏を例に取りながら、「3人は知り合って何年にもなる。だが、お互いによく知っていると思い込むことで、関係性は死に始めます」と語った。「知っている」と思っている相手であっても、しばらく会わないうちにどんな変化を起こしているのか、やわらかなフォーカスを持って注意を払うことが必要であり、「それが無知を大切にするということだ」と、ホルヘ氏は話した。よく知っている相手であっても、未知の発見があるかもしれないという姿勢で接する必要がある。よく知らない相手ならなおさら、「自分はこの人に対して無知だ」という意識が必要なのだろう。
相談者人自身が、効果的な解決策を思いつく
怠惰についてホルヘ氏は、「人から問題を聞かされても、それを我々が全て解決するべきものだとは、見るべきではない」と語った。人の話を、誠意をもって聞けば、その人のもつ全体性へと自然治癒する傾向が仕事をしてくれるというのだ。「相談をしたその人自身が、より効果的なすばらしい解決策を思いつくものなのです」。悩みを聞いてこちらが動き出すのではなく、自発的な解決策が出てくるのを待つ。その姿勢を怠惰という言葉で表現しているのだ。
続いて「感情やニーズの暗号化」についても、より詳しい説明を求める声があがった。「あなたには付き合っている彼女がいます。その彼女と一週間もの間一緒に過ごせなかったとしましょう」。ホルヘ氏は例え話で、暗号化の更なる解説を始めた。
「あなたは寂しさを感じ、『一体何が、2人がデートすることを1週間も妨げているの?』と彼女に聞きたいが、実際はそうは言いません」。寂しい気持ちがあり、痛みを感じているのに、実際には彼女のことを「身勝手なアバズレ」と罵ってしまう。「この表現も高度に暗号化された感情とニーズです」(ホルヘ氏)。
「暴力は、悲劇的な表現を伴う」
「暴力は、悲劇的な表現を伴う」というホルヘ氏。そしてそれは満たされていない人のニーズが、高度に暗号化されたものだと説明した。「なぜ悲劇的かといえば、彼女をアバズレと呼んだ後には、彼女が心を開いて反省や謝罪する可能性は非常に低くなるからです」。またこうした状況での暗号化には、「自分が痛みの中にいる時には、他の人を傷つけてもかまわない」という心理状態が影響すると、ホルヘ氏は付け加えた。「相手を傷つけることによって、自分の痛みに気付いてくれるのではないかと考えてしまうのです」
ここで由佐は司会から、「NVCは由佐さんの第三の道というビジョンに貢献できるという発言があった。この点について何かコメントはありますか?」と発言を促された。
対立や争いが絶えず起こる世界は、なぜ続く
「15年くらい前から、いや小さなころからそうかもしれない」と、語りだした由佐。対立や争いが絶えまなく起こる世界は、なぜ続くのか。どうにか変えられないのかということに、ずっと関心を持ち続けていたと言う。「組織の問題を特定し、改善しようとしても、何も変わらない。一時期よくなったように見えても、結局、組織内に広がる恐れの感情にみんなまみれてしまう。その繰り返しに一時期絶望し、落ち込んだこともありました」
そんなときに、来日したネイティブアメリカンの話を聞く機会があった。「なぜ人は、地球に存在するのか。それは命を守るためだという話を聞いて、探しているものが見つかった!と感じた」と、由佐。自他の命をどうやって守ればいいのか。人々がそれを忘れていることが問題なのだと思うようになった。「命を扱うことを思い出すために、NVCはすばらしい働きをするものです」
パラドックスをはらむ、NVCの発想
「こうあるべきだと思い込んだ瞬間、変化を起こせる可能性はなくなってしまうというNVCは、ものすごいパラドックスです」。だがそれゆえに、これまでの行き詰まりを打開する、第三の道を示すものではないかと由佐は語った。
戦うというアプローチでは、うまくいかない
「戦争、貧困など、世界の問題と戦う人は数多くいるが、世界は変わっていかない。戦うというアプローチでは多分うまくいかないのだと思います」(由佐)。問題と戦うのが第一の道、絶望し、逃亡するのが第二の道だとすれば、NVCは第三の道を提示しているのではないか。「自分の命につながり直し、体内から湧きおこるエネルギーを、真のニーズに沿って使えば世界と調和できる。NVCは素晴らしいことをいっています」と話し、由佐自身が考えるNVCと第三の道のつながりを描いて見せた。
ホルヘ・ルビオ
コロンビアNVC財団の創設者でディレクター。NVC認定講師。政府、企業、NPO、学校、警察、家庭、個人など幅広い層に向けて、ワークショップやコンサルティング、調停の仕事をしている。コロンビア大統領主導のプログラム「Haz Paz」に、戦争のある国に平和の文化を作る意図を持ち参加。ワークショップでは参加者に基礎的なNVCスキルや怒りのマネジメント、子育て、そしてコミュニティービルディングについて教えている。