「役立つわたし」から「今ここにいるわたし」へ 小辻ゆき子(小辻運送常務取締役)
社員のため、家族のため。「誰かのために」生きてきた運送会社の肝っ玉母さんが自分と相手の真実を見つめ、新たな現実を創り出す
埼玉県熊谷市に本社営業所を構える小辻運送。創業50年になる運送会社を、常務取締役として切り盛りするのが小辻ゆき子さんだ。化学を専攻していた学生時代に知り合った夫の家業である運送業界に飛び込んで28年、母親のような存在感で、社員を支えてきた。
ゆき子さんのCCC受講は、天外伺朗さんの手がける「ホワイト経営合宿」に講師として来ていた由佐美加子(みいちゃん)との出会いがきっかけだった。
「小辻運送を『社員のためにある会社』にしたい」。その思いから、ゆき子さんは数多くの経営勉強会に参加してきた。
「その流れで、天外さんが手がける『ホワイト経営合宿』に参加したんです。そこでみいちゃんの講座を受講して、自分が『人の役に立っていないと存在価値がない』って無自覚に思い込んでいたこと、そして、どれくらい人の役に立っているかを絶えず気にしていることに気づいたんです。それに気づいたら、『気にしている』ことに使っているエネルギーを、自分のしたいことに回せるんじゃないかって。そう思ったらものすごく意欲が湧いてきたし、この人(みいちゃん)の言ってることは本物だ!すごい!って思って」
そして、ゆき子さんはCCC基礎講座を受講する。ホワイト経営合宿での体験もあり、初日の講座は、ある種、既に得た学びを再確認するような体験となったようだ。
「あー、そうそう、知ってる知ってる、って(笑)。そんなふうに余裕ある感じでいたら、あれ?ってなったのが2日目でした」
基礎講座2日目には、身の回りに起きている不本意な現実と、その現実を扱う上で採用している自らの思考システムを観察することで、行動の起点となるメンタルモデル(不都合な真実)を明らかにしていくワークを行う。
「話をしているうちに、だんだん小さい頃の記憶がよみがえってきて…すると急に、身体にすごい違和感を感じたんです。身体がガチガチに固まって、自分が何かに激しく抵抗しているように感じました。それまで自分の中で厳重に封印していた扉が、ほんの一瞬だけ開いたような気がして。そんな風に心の闇を見るような体験をするとは思っていなかったので、びっくりもしたし、もしかしたらここでいろいろなことが見えてきて、自分自身も変わっていけるのかもしれない、と、CCCに対する期待が高まりました。」
わたしはいったい、何に操られている? 衝撃のプロコーススタート
基礎講座受講時に、「どうせ学ぶなら」と、応用ディープ、プロコースの受講も決めていたゆき子さんは、日程の関係もあり、基礎講座を経てすぐにプロコースに参加し、プロコース半ばで応用ディープを受講するという、変則的なコースを辿ることになる。そしてプロコースの初回の合宿で、ゆき子さんにとって衝撃的な出来事が起きた。
「それまで、自分はもうふっきれている、っていう思いがすごくあったんです。『役に立たないと居てはいけない』っていうメンタルモデルも見つけて、内省もちゃんとして、もう『抜け出している』から、ここから落ちることはない…そう思っていました。手放しで飛行機を操縦しているような、どこまでも飛んでいきます〜、というルンルンした気分で(笑)」
ところが、グループワークの途中で、ゆき子さんはあることに気づく。グループの他のメンバーが発した言葉に反応し、「どうにかしなくては」「この場をうまく収めなくては」と焦る自分。その焦りにかられてぺらぺらとしゃべり出す自分…ワーク中の、そうした自分のあり方自体が、『役に立たないと居られない』というメンタルモデルに操られたものだということに気づいたのだ。
「わたしはもう、『役に立たないと居られない』からは自由なんです、って思っていて、ワーク中にもまさにそんな話をしていたんです。前はそういうのあったんだけど、最近はいい感じなんだよね、って。いい感じも何も、今まさにそれをやってるみたいですね、っていう(笑)」
驚き、恐れ、恥ずかしさ…そうした様々な反応が立ち上がるのを感じ、「もうここには怖くて居られない」と感じたというゆき子さん。しかし合宿後、ゆき子さんはファシリテーターのインスから意外な言葉を受け取る。
「合宿から戻ってから、過呼吸気味になったり神経症が出たり、かなり大変な状況で。インスに個別でセッションをしてもらったときに、『全部幻だよ』と言われたんです。メンタルモデルから抜け出たと思って自由な気持ちになったことも、昔の大変だった思い出も、みんな幻だよ、って。ショックでした。あんなに辛かったのに、そしてあんなに楽になったのに、幻だってどういうこと?って。あれが幻だっていうなら、私はもうこのまま死んじゃうんじゃないか、というくらいの絶望がありました。しかもそう言ったら、『人は感情じゃ死なないよ』って更に言われて(笑)」
「全部幻だ」「人は感情では死なない」…すぐにうなずける言葉ではなかった。しかし、ゆき子さんはその後、この2つの言葉を折に触れて思い出すことになる。
真実から表現する 人とつながる:プロコース最終回
プロコースにおけるゆき子さんの苦しさは続く。仲間が自分の思いを率直に表現する様子に、大きく反応する自分に気づいたのだ。
「わたしはこれをやりたいからやる、とか、逆に絶対これはいや、というのをはっきり言う人の前に出ると、自分が薄っぺらいような、いたたまれない感覚になるんですよね。はっきり言えるのはうらやましいと思う反面、『絶対いや、なんて、普通そこまで言う?』みたいな気持ちも立ち上がって。それを扱えるようになったのが、応用ディープの合宿でした。応用ディープを通して、自分の内面で起こる様々な反応を受け止められるようになってきたと思います。『ぎゃー!』って叫びたくなるようなしんどい感情も、感情統合のワークを通じて扱い方を知って。そうしたらどんどん楽になっていきました」
率直に自分の意志を伝える仲間の姿に対し、拒否反応を起こしていたゆき子さん。その反応そのものを、感情統合のワークを通して体感的に受け止めることで、奥にある思いが見えてきた。それはゆき子さんの『役にたたないと居られない』というメンタルモデルに由来するものでもあった。
「人の役に立っていないと存在してはいけない、と思い込んでいるから、自分のやりたいことなんてできない訳です。ましてや、やりたくない、なんて言ったら相手に嫌な思いをさせるかもしれない。そんな自分は到底受け入れられない。そうやって、自分の意志から離れたところで行動を選択していた自分に気づきました」
真実を表現して、人とつながりたい…ゆき子さんの言葉の端々から、そんなニーズが聞こえてくる。
「プロコースの最後の合宿で、ずっと一緒に受講してきた仲間と一晩語り明かしました。今まであったこと、内面に起きていた反応…本当にいろんな話をして。そうしたら、それまでずっと、「見透かされる」「わたしとは違う」と恐怖に近いくらいの距離を感じていた仲間が、ほんとうに愛おしい、愛すべきひとりの人間なんだな、ということに気づいて。ずーっと手をつないでいたくなっちゃうくらい(笑)。そうやって、心の障壁を取り除いて話をすれば、人と人との関係は、本当に変わる。新しい関係性が築けるんだ、と思いましたね。自分でもびっくりするくらい、いい時間になりました」
自分のメンタルモデルを知り、自分が採用している思考と感情のシステムを知った。自分の内面で起きる反応に気づく力を養い、その反応の扱い方も身につけた。そして、反応の向こうにある自分のニーズに自覚的になり、行動を選択することで見えてくる世界も体験した。そんなゆき子さんは、今、自分の『場』で何を創り出しているのだろうか。
会社で、家庭で。「愛」をめぐる2つの出来事
職場で起きた出来事として、こんな話を聞いた。
「うちの20代のドライバーAさんと40代の配車係のBさん、2人の社員がけんかをして、『俺もうやめます』『いや俺がやめます』みたいな話になったんです。二人ともへそを曲げちゃってらちがあかない。さてどうしましょう、と。」
以前のゆき子さんだったら一人ずつそっと呼んで言い分を聞きつつ、「でもあなたにもこういうよくないところがあるでしょう」と、どこか是非を裁くような行動をとっていたかもしれない。しかしゆき子さんは、自分も交えた三人での話し合いの場をもつことを提案する。
ゆき子さんは二人を別室に呼び、話を聞いていった。
もともとは同じドライバーとしてとても仲のよい先輩後輩だった彼らだが、Bさんが配車係になってから、すれ違いが起きるようになっていた。尊敬する先輩に、配車係としても活躍してほしいと思っていたAさんは、折に触れてドライバーたちからのさまざまなリクエストを伝えていた。しかし、Bさんは、Aさんが期待していたようにはリクエストに応えてくれない。
業を煮やしたAさんが『もう少しちゃんとやってくれないと、みんなBさんについてきてくれませんよ』と言い、それに対してBさんが腹を立てた、というのが今回のトラブルの発端だった。
「俺は本当に腹を立てているんです」と言うAさんの言葉の奥に、Bさんのことを信頼したい、サポートしたい、という気持ちが見えていた。よかれと思って話をしてきたのに、相手がそれをなかなか聞き入れないことにいらだち、絶望していたのだ。
ゆき子さんはそのことに気づき、伝えた。「腹が立っているその奥には、本当はBさんを信頼したいという思いがある。それが叶わなくていらだっているんじゃないの?」はっとしたような表情を見せるAさんに対し、思わず「お前の愛は深いんだね」という言葉がこぼれた。
一方、Bさんも管理職として、ドライバーから言われたことをその通りにできるかというとそうも行かない、という苦しさがあった。可愛がっていた後輩の「だれもBさんについてきてくれませんよ」という言葉を、彼はどんな思いで聞いていたのだろうか。
「『お前たち、本当は相思相愛なんだよね』って言ったんです。お互いを信頼したいし、また、信頼に応えたいと思っている。だからこそ、信頼が裏切られたと感じる痛みがあるし、信頼に応えられないという痛みがある。それら全てにふたをして、「あいつがああだから」といって辞めてしまうのは、本当にもったいないと、わたしは思う…そんな話をしました。」
プロコース最後の夜につかんだ「真実から表現することで人はつながれる」という感覚。その感覚を頼りに、ゆき子さんは、目の前の事象を観察し、見えているものを、そして、聞こえてきた声をそのまま表現した。
「ちょっとね、言いながら『きゃー何言っちゃってるのあたし?』っていう気持ちはありましたけど(笑)、でもそれを聞いていた二人はちゃんと受け取ってくれて、その後は勝手に解けていきましたね。今は二人でとてもいいコンビネーションで、仕事を続けていてくれます。Aさんが「ダメじゃないですかー、またこんなことやってて!」って言えば、Bさんが「お、わりいわりいちょっとここ頼むよ」って頼んでいたり。気楽さと信頼感のある、いい関係性になっていますね。」
この出来事は、ゆき子さんにとってどんな体験となったのだろうか。
「話をしてくれる人の何につながって話を聞くかということが、それまでとは大きく変わったのを感じています。話をして、彼らの思いをちゃんと受け取る。彼らが何を言いたいのか、言葉で言っている字面に留まるのではなく、その裏側で本当に思っていることを含めて感じることができるようになってきたのかな、という風に思っています」
また、ゆき子さんにとってもう一つの大事な場である「家庭」にも、変化がみられるようになってきているという。
ある別の講座で「感情の解放」について扱った時のこと。帰宅後、自分の中に、夫に対する強い怒りが湧いてきているのを感じた。
「別に、夫が何か気に障ることをした、というのではないんです。見ているだけで無性に腹が立ってくる(笑)。それで、『今、腹が立っているんだよね』って、伝えたんです」
そんな風に口火を切り、続いて出てくる夫に対する皮肉や嫌味…ゆき子さんはその感情を味わいながら、「この根っこには何があるんだろう」と探り続けていた。わたしは今、何かが「ない」と怒っている。何が「ない」と思っているんだろう?…はっと気づいた。
「わたしは愛されたいのよ!」
それが、ゆき子さんの口から飛び出した言葉だった。ずっと、「愛がない」と感じていたし、そのことに傷ついてきた。傷つくのを避けて蓋をしていたそのニーズを口にしたときに、ゆき子さんは、自分の源にあるエネルギーと確かにつながった感覚を覚えた。
「それに対して、夫が何かいい感じの反応を返してくれた、ということはないんです。ただ、自分の根っこにもっていた思いにつながって表現したら、怒りの感情はすーっと昇華された。だから夫に愛してほしい、も、どうしてほしい、も何もなく、『…以上です。』と完了した感じ。ほーんとに、何もないの。」
そう言って、ゆき子さんは晴れやかに笑った。
ここにあるのは、「素直に表現したら、夫から愛されるようになりました」という話ではない。表現したかったものに気づいて表現した、そのことそのものの喜びだ。そうすることで、ゆき子さんは、「愛されたい」という思いをもつ自分を受容した。その瞬間、ゆき子さんは、自分が自分自身の揺るぎない愛の中にいることを、深く受け入れたのではないだろうか。
そして、これから
わたし自身、プロコースを共に歩む仲間として、近くでゆき子さんの変容を見つめてきた。出会った頃は、「明るくて頼もしいお母さん」の役割をどこかで担っていたようにも思える。そんな彼女のナイーブな内面や感覚の繊細さ、起きたことをそのまま受け取ろうとする素直さ…そんな面をいくつも見ることができた。
CCCでのジャーニーを通し、ゆき子さんの中には、これまでとは違う種類の強さが生まれてきているように見える。ゆき子さんは今、どこへ向かおうとしているのだろうか。
「世の中はすごく危険で、人は人のことを傷つけたり陥れたりする、という世界から、何を表現してもいい、っていう世界へ、本当にもう、行っちゃいたいんですよね。まだまだわたしも「世界は危険」という世界観の中にいます。でも、新しい世界の方へ行きたいと思ってて、今はそのための筋トレをしている感じですね。伝えるための場も持ち始めて、でもそこでさっそく恐怖と不安に苛まれてたり(笑)。でもそれすらも、もう飽きるまで味わって、飽きたらいつのまにか違う所に立っているんじゃないかな、とも思う。それが小さな成功体験となって積み重なっていったらいい。意志を持って、それを積み重ねていきたいと、思っています。」