「葛藤を乗り越えた先の未来」
佐野和之 & 金井達亮(かえつ有明中・高等学校教諭)
教育界で起こる革新的な取り組みの数々
その裏には、当事者たちの人知れぬ葛藤があった
ある私立学校の名コンビが描く、教育の未来とは?
都内のある私立学校の試み
分断と孤独を抱え苦闘する
いま、都内のある私立学校で面白いことが起こっている。
創造力を鍛えるため、プロのコピーライターが生徒にキャッチコピーを考える手法を伝授したり、生徒や先生に向けて、相手の話しをより共感的に聞くためのトレーニングが行われていたりする。見に来た保護者も、思わずその場に釘付けになる。小学生だって学びにくる。
これらの取り組みの中心となっている人物がいる。
佐野和之先生、44歳。髭をはやし、渋い声で相手を包み込む。教室を闊歩するその姿はどう見ても兄貴分だ。そして相棒の金井達亮先生は36歳。全体として繊細な印象。質のよいウールのスーツを着こなし、センスのいいニット生地のネクタイを合わせるその姿からは、何を言わずとも知的さが漂ってくる。
ふたりは今年4月に同時にこの学校に移ってきた。それも同じ学校からだ。もちろん教育界では異例のこと。まさに珍事だった。2人は以前の学校では進路指導室の主任副主任としてタッグを組んでいた。進路指導といって僕たちがイメージするのは、自分の偏差値だとどこの大学に行けるのか、希望の大学に行くためには、あとなにを勉強すればいいのか、それを教えてくれるところ。しかし、この2人がそれだけに留まる訳がない。勉強だけでなく様々な学びに触れ、自分の道を自分で決められる人を育てる。それが本当の進路指導だと考えた2人は、企業や地域と連携して新しい授業を組み立てていった。
周りの反応? 応援してくれる先生もたくさんいた。しかしもちろんそれだけではない。ソリが合わず遠巻きに見ている先生だっている。兄貴分の佐野先生としては、みんなで一緒にやりたい。でもどうしても巻込めない人たちがいる。なんとかしたい。考えた佐野先生は、全教職員100数名が集まる会議で突如としてマイクを握り、自分の想いと覚悟を涙ながらに演説した。それまでの2週間、夜も眠れずに悩み抜いた末の行動だった。先生たちの熱は確かにその時上がった。でも続かない。時間の経過とともに次第にもとの状態に戻ってしまった。
佐野先生の目指す学校。それは生徒が、自分は自分のままでいいんだと思える学校。その自信と安心感が様々な意欲の源だと確信しているからだ。そのためには教室で生徒の前に立つ先生が、ありのままの状態でいなければならない。佐野先生は当時考えていたことをこう振り返る。
(佐野)「先生たちが子どもに与えている影響が良くないなって思っていたから、この人たちをどうにか変えて、良い影響を与える人になってもらう。というのが大前提にあった。傲慢でしょ? その立ち位置にいてやってたからどんどん分断が作られていく。頼りになると思っている人は寄ってくるけど、そうじゃない人は、俺はこのままでいいって離れていく」
一方知的肌の金井先生は、佐野先生のように引っ張って行くタイプではない。ひとりで黙々とやるタイプ。一人でやってしまった方が楽という考え。でも人が自分の周りに寄ってこないことに人知れず寂しさを感じていた。
分断と孤独。同じ取り組みをしながらも2人はそれぞれの課題を抱えていた。
繰り返される孤立
絶望の先にある力に繋がる
先に学校を移ろうと思ったのは金井先生だった。当時の学校に対して「どうしようもない違和感」を抱えていたことに加え、佐野先生から離れて、自分がどれくらいできるのか試したかったからだと言う。かえつ有明中・高等学校(以下、かえつ有明)から内定をもらった2013年の年末頃、佐野先生にも同学校から声がかかった。
(金井)「前の学校を、佐野さんは多分辞めるだろうなって思っていて、その時にこの学校に残されたら嫌だなと思っていた。だったら別のところに一人で行こうと思っていた。でも一緒に移動するなら面白いんじゃないか」
そうして年が明けた1月に、2人は4月から一緒にかえつ有明に移動することを決めた。
新しい学校に移って、金井先生に求められていたのは、他の先生では作れない生徒の創造的な活動を促す授業だ。金井先生は様々な授業を実践していった。そうした試みは最初は好意的に受け取られもしたが、時が経つにつれて前の学校同様、やり方に対する不満を耳にするようになっていく。金井先生はそういった声にいちいち頭の中で反応していた。「どうせ説明したって分かりっこない」「もう面倒だから、いっそのことこんなことやめてしまおうか」。そんな声が満ち満ちていた。
皮肉、傲慢、人と繋がることへの諦め。場所は変われど同じことをしている自分。前の学校で金井先生を孤立させていたこれらの要素は、新天地に移った後も金井先生の中で変わらず存在し続けていた。
佐野先生からの紹介で3月にCCCのファシリテーション講座の基礎編を受けていた金井先生。続く8月から12月にかけて受講した各講座は、金井先生にこれらの要素が自分の中に蔓延していることを自覚させ、その奥にある絶望と、そして自分の力に気付かせるものになった。
きっかけとなったのは、応用ディープスキルでのあるワークだった。「皮肉」「絶望」「諦め」「逃避」と書かれた床の上を自分が移動して、そこに座ってみた時に感じることを2人組で話す。金井先生は佐野先生にパートナーをやってもらい、実際4つを渡り歩いてみた。そして「絶望」のところに座り、ゆっくりと自分の内側を感じていった時に、ふっと「自分には価値がない」という言葉が出てきた。そして言葉にした瞬間、身体からなにかがこみ上げてきて、涙がこぼれ落ちた。そこに座り続け、佐野先生と長い間話し続けた。悲しみが何度もこみあげてきた。金井先生にとって、初めて自分と繋がれた気がした体験だった。
そして、その後のプロセスデザインとプロコースで、「自分には価値がない」という絶望が未来を創りだす力へと形を変えていく。
「自分には価値がない」「自分には本当は能力がない」という強い自己否定感。そのことを他の人に知られるのが恐くて、本当の自分を隠すために“できる”自分を取り繕い、人と本音で話合うことを極力避けてきた。その在り方が人を遠ざけ、孤立を生んでいた。
自分のパターンが見えてきた金井先生は、「自分には力がある」ことの自覚を「自分には価値がない」という絶望が妨げていたと振り返る。そして自己否定感を受け入れられたことによって閊えは取れ、自分の力を信じられるようになった。そして、なにも取り繕う必要はなく、ありのままの自分がここにいて、それを表現していいんだと思えるようになった。
金井先生のこの変化は、一番近くで見ていた佐野先生も感じていた。
(佐野)「僕から見ると、確実に出ていた。お前にはできないでしょっていうトーンが。周りの人にしてみると、自分はダメって言われている感じ。だからだんだん離れていっちゃう。でもいまは表情やトーンがすごい変わった。寄っていきたくなるような雰囲気に変わっていった。」
金井先生は、もう以前のように自分がどう思われているのか気にならなくなっていた。
分断への恐怖との対峙
自由な自己表現へ
佐野先生から見て、金井先生の在り方が大きく変わっていくのが分かったように、金井先生から見ても、佐野先生の他の先生への態度は、以前の学校の時と比べると変わったように見えていた。
(金井)「前の学校の時代を見ているから、その頃は(佐野先生は)自分の考え方に引っ張ってこようみたいな、こっちが正しいんだ、っていう在り方だったような気がする。でもそれが今は(人の言うことを)ちゃんと受け取っている感じ。そういう考え方もあるよねって」
その一方で、そのような佐野先生の在り方が、金井先生には少し歯がゆくも映っていた。
(金井)「僕はもっとできると思ってました。佐野先生はもっと力があるんだから、もっと影響力を及ぼせると思っていた」
佐野先生は、基礎編や応用ディープスキルでの学びを通して、引っ張っていくだけではなく、周りの人の考えを受け入れていくことが大事だと思うようになっていた。新しい学校に来てからもそのように立ち振る舞っていたが、当時通っていたプロコースの仲間からも金井先生と同じようなことを言われ、その言葉が耳から離れずにいた。
迎えたプロコースの合宿。それは佐野先生にとって、自分の陥っている状況がより客観的に、そして自分の望んでいるものかがより鮮明に見え、そのための行動指針を自分の中に創り直した時間となった。
(佐野)「金井から言われたことも思い出されて、受け取ってるって言ってたけど、その受け取っているということを隠れ蓑にして、人に嫌われたくないから必要以上に受け取っていたんじゃねぇか。自分の本当にあるものを素直に表現できていたのかなってすごい思った」
新しい学校で見知らぬ先生たち。以前の学校で経験したような分断はもう味わいたくない。佐野先生の頭の中にはそういった考えが知らずによぎり、分断することへの恐怖から、自分のことを受け入れてもらおうと必要以上に人を受け入れ、自分の意見を出すことを控えてしまっていた。そのことに気がついた佐野先生は、そうした受け入れられないかもしれないという恐れを手放し、もっと自由な自己表現をしていくこと、そしてそれによって引き起こされる周りの人の反応をきちんと引き受けることをここで決めた。
可視化された自分のパターン
新たに決めた覚悟を携えて
佐野先生は、自分が必要以上に人の意見を受け入れていることに自覚的になったことで、自分がいま本当に相手を受け入れたいから受け入れたのか、あるいは自分が受け入れてもらいたいから受け入れたのかの違いを認識できるようになった。
いままで無自覚に自分を制約してきた思考や行動パターンに陥っていることに気が付くということは講座を通した体験として誰しも同じだ。しかし金井先生は、それは苦しいことでもあると言う。
(金井)「人と話しをする時に、自分は言葉を選んでたなって。誰かに話している時に、自分が思っていることを言っていないこととが、その瞬間に見えてくるようになる。講座に出て、ただハッピーになる訳じゃない。結構苦しい時もある。自分がやっていたことがすごく見えるから。またやってるじゃねぇかって、自分を否定したりする」
いま、2人は新たなステージへと既に歩きだしている。
佐野先生は新しい学校に来て以来目立つことを極力控えていたが、教員研修を担当するなど、表に立つことでも厭わず、自身の想いに沿って行動し始めている。さらにいままでCCCの講座で学んだことをベースとしたファシリテーター養成講座を他学校の先生向けに2人で行っていくことを決めている。
またかえつ有明は、来年4月から新たな試みとして、従来型の決められた科目を教える授業から、生徒が学びたいものを促進させていく授業展開を行うクラスをスタートさせる。金井先生は、いまそのクラスのカリキュラム作成などに深く関わっている。
(金井)「大学受験がゴールじゃなくて、自分の幸せとか、自分が喜びを感じることやわくわくすることと向き合っていられる、そこを獲得できる3年間にしていきたい」
2人が描いていく教育の未来が楽しみだ。
(ライター:渡辺嶺也)
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