ファーストシップ(小澤克徳さん)

一隻の船が誰も見たことのない景色の中を進む。乗組員がオールで刻むその模様は、航跡となって辺りに拡がっていく。

山梨県昭和町に“これからの時代”を実践する人たちがいる。任意団体ファーストシップ。その発起人である小澤克徳さん曰く「これからの時代、それは国家や会社などのシステムから自立した生き方が求められる時代」だ。自分がここにいて、相手がそこにいる。人との関係性の中に自分がいて、それでいて自分が自分でいられる。認めあい、受容しあい、共に生きるから自立する。小澤さんたちの取り組みは、これからの時代の生き方を表現する。

それぞれの自己表現の場 自立への足掛かり

「小澤ならなんとかしてくれるんじゃないか」月50万円近い賃貸料がかかるため、誰も借り手がいなかった物件の話が不動産関係者からきたのは2012年だった。小澤さんは、月に1人1万円ずつだしてみんなで運営する形を提案し、賛同した20数名でその年の暮れに任意団体ファーストシップを立ち上げた。

設立から1年経ったいま、ファーストシップのメンバーは、ブルーハウスと名付けられたこの拠点で様々な活動を始めている。1階のスペースでは20代の男女5名がカフェ「食堂 なちゅらるぽーと」を運営し、こだわりの食材を使ったヘルシーな料理などを出している。ギタリストのあるスタッフは、カフェスペースを利用してライブイベントを開催し、また別にメンバーは厨房を使って料理教室をひらている。2階のミナールームでは、陰陽五行のワークショップをおこなう人がいれば、手相鑑定を行う女性もいる。この女性はファーストシップのネットワークを活かして、経験を積むために1000人の手相を無料でみる企画をつくり、わずか3ヶ月で600人もの手相を見た。いまでも毎日予約で一杯だ。無料で手相鑑定をおこなった人の中から顧客になる人も出始めている。麩(ふ)の専門店を起業しようとしているメンバーは、オープンに向けてブルーハウスで麩の試食会やお店の物件情報をあつめている。

人と人とを繋ぎ、それぞれの自己表現を後押ししていく。それがファーストシップの担う役割だ。

転機となった東日本大震災 自立を考え、仲間を集めた

転機となったのは、東日本大震災だった。それは小澤さんにとって自分が国に深く依存している事を思い知らされる体験だった。東日本大震災で揺れる国、知らない間に増え続けていた原子力発電所。自立していると思っていた自分は、まるでお父さんが漕ぐ自転車の荷台に載っていた子どもの様だった。荷台に載っていては自分で行く先を決めることはできない。小澤さんは自分の足で歩くことにした。

自立とは、周りへの依存関係から抜け出し、自分の力で生きいくことを指す。それは大抵の場合、自分でなんでも出来るようになることだと言われる。しかし小澤さんはそうは言わない。それは孤立を生み、人を遠ざける。自立とは、人と手を組むことを通じて、なんでもできる状態になることだと言う。

僕たちは、人と手を組めているだろうか。「いつも組んでるではないか」と聞こえてくる。共通の目標に向ってみなで力を合わせる。会社だって、私生活だってほとんどの場合が人と一緒になにかに取り組む作業だ。「どんなときも、人は一人では生きてはいないんだよ」。人はそう言うだろう。しかしそれは、目的のために自分を犠牲にしている行為なのではないだろうか。相手に向き合い、その言葉1つ1つから発せられる気持ちや人となりを感じ取れているだろうか。これからの時代への夢や希望を語り、動き出したファーストシップが乗り上げた最初の暗礁が、人を理解し手を組むことの難しさだった。

ファーストシップの船路 手を組むとはなにかを考え続けた

ファーストシップを立ち上げた当初は、メンバーができることややりたいことをお互いに協力しながらワークショップなどで提供し、顧客や自信をつけながら、徐々にそれでお金を稼げる様にしていく、そんなスキームをイメージしていた。しかし実際に始めてみると、スペースの利用でもめたり、イベントの役割分担の不信感でいざこざがおこったり、セミナーを開いても人が集まらないと不満を言う人がいたりと問題が続き、決別して離れていく人も出てきた。そんなある日、メンバーのある若い男性がひどく落ち込んでミーティングに参加していた。会社での業績が上がらない日が続き、気が滅入っていた彼に、他のメンバーが「仕事で落胆しても、君の情熱は本物だからきっと仕事にもいかせるよ」と、励ましの言葉をかけた。その言葉を聞いた彼は「そうですか・・・みんなまで、仕事しろ、仕事しろって言うんですね」と、不機嫌になってしまった。励ましたつもりだったのに、なぜ彼を傷つけてしまったのか。小澤さんたちミーティングに参加していたメンバーは、その理由をその場で話し合いながら見つけていこうとした。追いつめられ、頑張っていた彼にとって、励ましの言葉は、さらに追い立てられる気分にさせてしまう言葉だったことが分かった。僕たちは事実をありのままに見ている訳ではない。相手に対する誤解や状況に対する誤解など、自分のフィルターを通して見ている。そのことに気がつき始めた出来事だった。その後も様々な問題が生じたが、その度に自分たちが感じたことや考えたことをみんなで見つめていった。ほとんどの問題は、自分たちが抱いた誤解によって引き起こされていると分かるようになった。その繰り返しの中で、すぐに相手や状況を判断して決めつけず、相手のことを認めてから話し合える人が増えていった。

ブルーハウスの維持費の支払いが大変な時期もあったが、いまではそのような心配はなくなり、「給食堂 なちゅらるぽーと」など、人と人との結びつきから様々な企画が立ち上がっている。「維持費が大変だった時に、斬新で素晴らしいアイデアを出し、全員でお金儲けをして費用に充てる方法もあったのだと思います。だけど僕らはそれをしませんでした。ブルーハウスを維持していく事の大切さにフォーカスをするのではなく、みんなが本当にやりたいことは何か、どういう関係性を持ちたいかに着目しました」。そう小澤さんは振り返る。

仕事とはなにか、自立とはなにか

いまファーストシップのメンバー間で起きている様々な取り組みを、小澤さんは表面に現れてきた副産物だと言う。自立に向けて大事なこと。それはなにかの活動を始めることではなく、人と本気で手を組めるようになること。そのためには自分のものの見方を理解し、相手のことを深く知ることから始まる。何かの目的を達成するために、誰かが虐げられる必要はない。自分が満たされ、相手も満たされる状態が必ずある。システムは目標にむけて、人が形を変えてある部分に順応することを要求する。しかし、人の幸せはそこにはない。ファーストシップは、幸せを再び人の手のひらに呼び戻す試みであるように思う。「自立」というアイデンティティを纏ったファーストシップは、この1年予期せぬ出来事の中で常に変化し続け、「自立」の意味を表現し始めた。人と人とが本気で手を組んだその結晶は、いま無数の細かな光を宿している。

いま小澤さん達メンバーは、失敗しながら進んできたこの1年間で得たものを、新しくはいってくるメンバーにも伝え、さらに山梨の他の場所にも拡げることはできないかと考えている。人が人らしく生きること。自分をみつめ、相手をみつめること。その精神をもった人が拡がり、新たな土壌への種となるべく飛び始める。

進みだした一隻の船。オールで描かれる模様は海図となって、航海にでるものたちの支えとなる。ファーストシップには、これからの時代への在り方がこめられている。