【第三の道】森が私たちに教えてくれること ~ 未来の世代のために、いま、つながりを思い出す 山田 博 x 由佐 美加子
つながりを思い出す旅
一匹のカナブンが会場の中を飛び回り始めた。
参加者の一人が、服に着いたカナブンをそのまま会場に連れてきたのだ。つい先ほどまで部屋のどこか片隅で大人しく留っていたが、対談が始まり山田さんが話し始めると急に飛び回りだした。
「これって偶然じゃないんですよね」と山田さんは言う。「カナブンは、僕が話した何かを感じとって、飛んだんですね。まず間違いないと思います。つながりって目には見えないのだけど、僕たちは確かに繋がっているんですね」。
山田さんの好きな作家の一人に、星野道夫さんという人がいる。アラスカで生き、数多くの写真や言葉を残した人だ。その著作の中に、「長い旅の途上」という本がある。人間は長い旅の途上にいると書かれたその本に山田さんは深い共感を覚えながらも、なんの長い旅の途上にいるのだろうと考えた。僕らはつながりを思い出す長い旅の途上にいるのではないか。山田さんが至った答えはそこだった。
山田さんにとって、つながりを思い出し、あらゆるものが目に見えぬつながりで結ばれていると確信をした場所が森だった。
山田さんは言う。森にはたくさんのものがある。木があって、土があって、虫がいて。でも、目に入ってくるものはごく限られている。どうしてこれだけ無数のものが広がる環境で、ひとつのもの、たとえばある草の生え方に目がいってしまったのか。ある時それがとても不思議に思えた。そして経験から、その目に入ったものはその人にとってなにかを示唆する重要な「サイン」であると思う様になった、と言う。森に一緒に入った人のほぼ全員がそのサインを見つけ、そして森の中を歩き、ご飯を食べ、焚き火をしている間に、「あぁ、あれってきっとこういう意味だったんだ」とその意味に気付くのだと言う。
意識の世界では全てが繋がっていているという世界がリアルにあると、由佐さんも言う。私たちは普段、モノと自分を、モノとモノを区別して世界を認識している。しかし、すべてがつながり合って、お互いが様々な影響を及ぼし合っているという世界から見ていくと、自分の周りに起こることになにひとつ偶然なことはないと分かる。だから、森の中で目についたものが自分にとって重要なサインであることも、この場に集まった人たちがここで出会ったことにもなにも不思議はないと話す。
ワイドアングルビジョンで世界を見る
私たちが普段しているものの見方は、由佐さんが指摘した様にモノとモノを分け、対象を抽出してみる見方だ。この見方は、ある対象を捉えることには利があるが、その対象以外の周りが消えてしまうという側面もある。
山田さんは、森に入るときはこのような見方ではなく、ワイドアングルビジョンで見ることがいいと言う。ワイドアングルビジョンとは、視野を広く持ち、なにかひとつに焦点を当てることなく全体を区別なく見るという見方で、ネイティブ・アメリカンが森の中を歩く際に用いるものの見方でもある。彼らは生きるために獲物が来ることを感じ、薬草になりそうな植物を見つけ、雨が降りそうなことを察知しなければならない。そのためには、周りにある景色全てを見る必要があるのだ。
山田さんは、ワイドアングルビジョンでいれば、自分にとって意味のあるものが向こうからこちらに現れてくると言う。必要なものをこちらから探し出すのではなく、ワイドにものを見ているうちに、必要なものがすべて向こうからやってきて、気がついたらいま必要なものが揃っている。大昔の人たちはきっとそのように生きてきたのではないかと話す。
由佐さんは、それは生き方そのものを表しているのではないかと言う。いまの私たちは何かを掴みに行く生き方をしている。これを達成する、あれを目指すといったハンティングの生き方だ。そうではない生き方、それがワイドアングルビジョンの状態で起こることのように、来たものを受け取るという生き方だ。自分のスペースに届けられたものに対し、自分はただ呼応していく。なにかを狙いにいくのではなく、ただ訪れたものをギフトとして受け取る。そうすればもっともっと生きることがシンプルになると言う。
薄いベール一枚で隔たっているもの
山田さんは、初めてひとりで森の中で寝た夜、ある印象的な体験をした。
「最初に森の中で寝たときは、震え上がるほど恐ろしかった」と山田さんは言う。体中が本能的に警戒して、自分の身を守らなくてはと全身の毛穴が反応し、襲われたら死ぬという恐怖が体に満ちてくる。しかし、そうした恐怖としばらく対峙していると、次第にその恐怖に慣れてくる。少し落ち着いた状態で自分の内側を見ていくと、いま自分を怯えに駆り立てているその恐怖が、実は自分の中で幻想的に創り出した恐怖であることが分かってくる。本当はなにも自分を襲おうとはしていないからだ。そして山田さんは、なぜ自分はこんなにも幻想的な恐怖に怯えているのかと自問した。自分はいままでの人生の中で、人になにかされたら恐い、人にこんな風に見られたら嫌など、起こってもいないこと、言われてもいないことの中で一人芝居をしてきていたことに気付き、そうして周りで起きていることから自分を切り離して生きてきた代償として、いま感じている恐怖があると気付いた。
そういったことを考えながら夜を過ごしているうちに、恐怖の波が収まり、自分に掛かっていた薄い透明なベールの外側にすっと出たような、自分の体が外側へと溶けていくような瞬間がやってきた。そして、感じていた不安や恐怖は全くなくなり、とてつもない平和な世界が訪れ、それから眠りに落ちるまでその平和な静けさはずっと続いた。
恐怖による怯えから平和な気持ちへ。自分の気持ちはなぜそのように変化したのか。山田さんはこのときの体験を振り返り、自分なりにその答えを模索してある結論に至った。それは人間の小さな世界から外に出ると、そこには大いなる世界、あるいは自然の世界がある、ということだ。そしてその人間の能力を超えた世界が自分を包んでくれた時に、安心感や平和な状態を感じることができるのではないかと思う様になった。山田さんにとって、薄いベールを越えた瞬間が、小さな世界から抜け出し大いなる世界に繋がった瞬間であったのだ。
由佐さんも続く。アマゾンの先住民アチュア族を訪ねに行った際、そのツアーの企画者であるリン・ツィストが私たちの社会をトランス状態(本来あるべき意識状態にない状態)と言った。ありもしない恐怖を創り出して、それを払拭しようとみんな必死になって働いて、モノを集めて。しかし、結局どこまで続けてもその恐怖を払拭することはできない。人間が本当はなにに至福を感じたり、喜びを感じたりするのかというと、自分は生命の一部なのだと思えることや命に繋がっているという体感だけであるのに、人間はそれを切り離して生きている。つながりがない世界で生きることはとても辛いことだと由佐さんは言う。
心を巣食う、そこはかとない不安
自分の中に森を育てるということ
山田さんは十年前に仕事を辞め、以来コーチングを生業にしてきた。コーチングとは、その人の本当にやりたいこと、悩んでいることをその人自身が自分の心の中と対話して、よりよい生へのきっかけを掴んでいく、それを会話によって手助けするという仕事だ。コーチングを通じて、その人が目指しているものを見出したり、うまくいくきっかけを掴んだりするという瞬間を目の当たりにしてきた一方で、多くの人の心の奥底に、本人も口にしないそこはかとなく深い不安や漠然とした恐れが横たわっていることを感じていた。その不安は、たとえ社会的にうまくいったとしても拭い去ることはできない。心の底になにか不安の塊のようなものが沈殿しているのに、その不安がなんであるのか本人も分からないのだ。
そして、コーチングを二年程やったあるとき、たまたまあるクライアントの人と森に一緒に入る機会があった。森の中を歩き、途中で疲れて地面に寝転がると、そのまま2人は長い間眠ってしまった。そして、その眠りから目覚めると、何十年も味わったことのないような爽快感を体に感じると、その人は言い出した。横になっている間、雨が染みていく様に、心の奥底の不安が地面に染みていくのを感じたのだと言うのだ。そして自分のいまの気持ちを「安心」や「大丈夫だ」、「これでいいんだ」という言葉で何度も表現した。その時のその人の顔は、まるで生まれてきたばかりのようないい顔だったと山田さんは言う。そうしてまた別の人を森に連れて行くと、みな同じ様に元気になっていく。山田さんは思った。森や自然は、人間が創り出してしまった不安を吸い取り、元の状態へと戻してくれる力を持っているのだ。それならば、自分の心の中に森を育てることができれば、自分の心はいつも平和な状態でいることができるのではないか。
自分の中に森を育てるために大事なことは、すべてをスローダウンさせるということ。歩き方、ものの見方、喋り方、食べ方そして呼吸の仕方も。そうやってすべてをゆっくりにすることによって五感が緩み始め、閉まっていた回路が開き始める。それだけのことで見えるものの深さも感じ方も変わってくる。そしてそれを習慣化させることで、自分の中の森にアクセスしやすくなり、いつでも森と一緒にいられ、つながりを自分の心の中に持ち続けることができるようになると山田さんは考える。
山田 博(やまだ ひろし)
株式会社 森へ 代表取締役
株式会社 CTIジャパン 代表 / CLO(Chief Learning Officer)1964年 東京都生まれ。1987年、東北大学教育学部卒業、株式会社リクルート入社。人材採用、採用広告・教育研修の企画営業、営業マネジメント、教育研修事業の事業企画の仕事に従事。自らが受けたコーチングで、人生の方向性を見出せたことをきっかけに、コーアクティブコーチングを習得。
2003年、CTI(The Coaches Training Institute)の発行する。認定資格CPCC(Certified Professional Co-Active Coach)を取得。2004年、プロ・コーチとして独立。長男の誕生をきっかけに親子、家族がお互いを育み合う関係を支援する活動を始め、2005年にNPO法人ファミリーツリーを設立。各種ワークショップやキャンプ活動を展開している。
2006年からは、自然の中で自分を見つめ、感じる力を解き放つ「森のワークショップ~Life Forest~」をスタートさせた。
2011年、人が自然、大地とのつながりを思い出し、ずっと先の世代までこの地球ですべての生命と共に平和に暮らす、という願いを込めて、株式会社 森へ を設立。同時に「森のリトリート」を開始。